2017.9.24(日) 最終更新日2017.12.29 17:12
口に入れば料理を盛り付ける器なんて何でもいいのか問題
【口に入ればなんでもいいのか問題】
こんにちは。美食研究家のシノズです。
ウソです。ただ単に食べることが大好きなわたしです。
例えばですよ。
そのへんのどこで買ったかもらったものか、それすらわからないくらいのお皿に盛り付けた唐揚げ。
いや、盛り付けると言うよりも皿に乗せるという言葉がぴったりくるくらいのただのお皿。
それよりも、ちゃんとバランスとか色合いとか高さとか計算して考えて盛り付けたいなと思えるステキなお皿に盛られた唐揚げ。
どっちが美味しいと思いますか?
正確には同じ味の唐揚げだったとしても確実に感じるおいしさは変わってきそうですよね。
そういう風に盛り付けることのできる贅沢さ。
そうさせてもらえるのは、丁寧な焼き物だったり、シンプルだけど品のいいお皿だったりするものです。
毎日同じことの繰り返しが連続する日常。そのどこかひとつでもていねいにしていくことで、その風景も少しだけスポットライトがあたる。
お洗濯にしたって、トイレ掃除にしたって、お花の水やりひとつにしたって。
私の場合はそれが料理であり盛り付けなのでした。
そのきっかけをくれたのは埼玉のRiyonというお洋服と器とコーヒーのお店をしているみわこさん。
みわこさんが紹介してくれた益子焼。去年はじめて購入しました。
(一番最初に盛り付けたのはちくわのくん製(笑)だったということを今思い出しました)
作家さんの器を買うことなんていままで経験なかったから緊張したけど、すっかりそのステキさにはまってしまって毎日のように使っています。
ハッキリ言って2人家族の食卓です。並べたらそのあとただ食べるだけなのにそこまでする必要ある?って、そういう考え方もある。現に自分が今までちょっとそんな風には考えていたから。100均の器とまではいかなくてもそんなに高価な食器は使っていませんでした。雑貨屋さんとか、ニトリとか(笑)
でも。ていねいに盛り付けた料理は見た目だけでも満足感があるから気持ちが満たされるのが使ってみてわかった。
たとえいつもと同じ料理でも器が変わるだけでこんなに気持ちも変わるのかと。
それって、じわじわいろんな所に影響するはずなんだよね。
食洗機にも入れられず、手洗いしなくてはならないメンドウな器。
一点一点カタチが異なり重ねられず収納にも場所をとる。
しかもまあまあ重たかったりする(笑)
弱点だらけのこの器たちが今となっては料理を作る上でのモチベーションにまで影響しているのだから、メンドクサさもまあそれほど悪くないかなって思ってる。
少しくらい手のかかる個性派の人の方が魅力的だったりするもんね。
そんなわけで、現在の私の食器棚はコンパクト過ぎて益子焼さんたちがスペースをとり、もはや満員御礼状態が続いております。
さて、それ以外のどの食器を処分しようか。
思い切った決断を迫られています。